相続の準備を考えたとき、多くの人が最初に不安になるのは「家族が揉めないか」「手続きが進むか」という点です。相続は、相続人が複数いるだけで手続きが増えますし、不動産があるとさらに難しくなります。

その負担を減らすために、遺言書で「誰に何を渡すか」を先に決めておく方法があります。中でもよく使われるのが、いわゆる「相続させる旨の遺言」です。

この記事では、「相続させる」と書く意味から、どこでつまずきやすいのか、どう書けば実務で動くのかを、できるだけ一般的な言葉で丁寧にまとめます。最後に、例文パートを見出しと小見出しで整理して載せますので、必要なところだけ拾って使えるようにしています。

「相続させる旨の遺言」とは何か

「相続「相続させる旨の遺言」とは、遺言書の中で、特定の財産を特定の相続人に引き継がせることをはっきり書く方法です。

たとえば「自宅の土地建物は妻に相続させる」「○○銀行の預金は長男に相続させる」という形です。

遺言書がない場合、相続人が複数いると、遺産をどう分けるかを相続人全員で話し合って決めることになります。この話し合いが遺産分割協議です。遺産分割協議は、相続人の人数が多いほど、関係が複雑なほど、まとまるまでに時間がかかります。

そこで「相続させる」という形で財産の行き先を先に示しておくと、少なくともその財産については方向が定まりやすくなり、家族の負担を減らしやすくなります。

この書き方は特に、不動産を誰が引き継ぐかを明確にしたい場合に役に立ちます。不動産は共有にすると後から扱いにくくなることが多いので、最初から単独承継の形を作っておく価値が高いです。

「相続させる」と「遺贈する」はどう違うのか

遺言書には「相続させる」以外に「遺贈する」という書き方もあります。初心者の方が混乱しやすいので、ここは早めに整理しておきます。

「相続させる」は、配偶者や子など、法律上の相続人に渡すときに使うことが多い表現です。
「遺贈する」は、相続人以外にも渡したいときに使える表現です。たとえば孫や内縁の相手、友人、法人に財産を渡したい場合は、遺贈の形にします。

実務で重要なのは、「相続させる」は相続の枠組みに沿って財産を承継させる書き方で、「遺贈する」は遺言による贈与のニュアンスが強いという点です。どちらが正しいという話ではなく、誰に渡したいのかで使い分けるのが自然です。

また、遺贈は「受け取る人が先に亡くなったらどうなるか」を意識しておかないと、想定外の結果になりやすいです。この点は後半の「予備的条項」のところで、初心者向けに分かりやすく説明します。相続させる場合でも同じ事故は起こり得るので、分岐を用意する考え方は共通して重要です。

遺言があれば手続きはどう変わるのか

遺言があると、相続開始後に家族がやることがゼロになるわけではありません。戸籍を集めたり、財産を調べたり、名義変更をしたりと、必要な手続きは残ります。

ただ、遺言があると「分け方をどうするか」を決める負担が小さくなりやすいです。相続人全員の合意が必要な場面を減らしやすいからです。

相続させる旨の遺言が役に立つのは、次のような状況です。

まず、不動産がある場合です。不動産は金額が大きく、共有にすると売却や賃貸の判断が難しくなります。相続人の人数が増えるほど、共有は扱いにくくなりやすいです。

次に、事業をしている場合です。事業用の資産や自社株を後継者にまとめて承継させたいケースでは、承継先を明確にする意味が大きいです。

さらに、相続人が複数いて遠方に住んでいる人がいる場合や、関係があまり良くない場合でも、遺言があると話し合いのきっかけを作りやすくなります。

ただし、遺言があるのに手続きが止まることもあります。その原因はだいたい決まっています。財産の書き方が曖昧で特定できない場合、遺留分の調整が必要になって動けない場合、不動産で登記を放置してしまいリスクが出る場合です。

この3つを避けるように作れば、遺言が「書いたけれど役に立たないもの」になる可能性を大きく減らせます。

不動産がある人が気をつけたい登記の話

不動産を相続させる旨の遺言で渡す場合、最後は名義変更、つまり相続登記が必要になります。相続登記は「やったほうが良い」ではなく、放置すると問題が出やすい手続きです。

さらに近年は、相続で不動産を取得したとき、法定相続分を超える取得を第三者に主張するために登記などの対抗要件が必要になる場面があるという整理が明確になりました。難しい言葉に見えますが、要するに「遺言があるからといって登記を後回しにして良いとは言い切れない」という方向の話です。

実務の感覚としては、不動産を特定の相続人に丸ごと相続させる設計をした場合は、相続開始後にできるだけ早めに相続登記まで進めて、名義を確定させておくほうが安心です。

遺言があるのに登記が遅れてしまうと、関係者の不安が大きくなり、協力が得られにくくなることもあります。遺言書の存在を共有し、必要な書類を揃え、登記を含めて段取りを作ることが、結果的に揉め事の芽を小さくします。

遺留分で揉めないために知っておきたいこと

遺言で「この財産はこの人へ」とはっきり書くと、分け方が偏ることがあります。偏りが出ると、遺留分の問題が起こりやすくなります。
遺留分は、一定の相続人に保障された最低限の取り分です。配偶者や子などが対象になります。遺言で誰かに多く渡した結果、他の相続人の遺留分を侵害してしまうと、相続開始後に金銭での調整を求められる可能性が出ます。

ここで現実に困るのは、「遺言があるかどうか」ではありません。多くの場合、「金銭で調整したいのに現金がない」という問題が出ます。
不動産を一人に相続させる設計は多いですが、不動産は現金ではありません。家は持っているのに、遺留分の支払いに回す現金がないと、話がまとまりにくくなります。

初心者の方が押さえておくべき対策は、難しいことではありません。
偏る設計にするなら、金銭調整ができる余地を用意することが大切です。預金を一定程度ほかの相続人に回す方法があります。生命保険を活用して、相続開始後に現金が動くようにしておく方法もあります。代償金を支払う可能性があるなら、現実的な支払い原資を考えておくことも大切です。
そして、なぜその分け方にしたのかを付言事項で丁寧に説明しておくと、感情面の衝突が起きにくくなることがあります。付言事項に法的な強制力は基本的にありませんが、納得感を作る効果は期待できます。

遺留分は、完全にゼロにできないこともあります。ただ、揉め方を小さくすることはできます。相続させる旨の遺言を作るときは、この視点を先に持っておくと安心です。

遺言を書く前にしておくと失敗しにくい準備

遺言書は文章です。文章は「材料」がそろっていないと、きれいに書けません。遺言書を作る前に、次の準備をしておくと失敗しにくくなります。

まず、相続人が誰かを確認します。再婚や前婚の子、認知、養子などがあると、想定していない相続人がいることがあります。相続人が変わると、遺言の設計が根本から変わることがあります。
次に、財産を洗い出します。不動産、預金、証券、保険、車、貴金属などのプラスの財産だけでなく、住宅ローンや借入、保証債務などのマイナスの要素も含めて整理します。負債の存在は、相続放棄の判断に直結するからです。
そして、誰に何を渡すかを決めます。ここで偏りが出るなら、遺留分の調整が必要になる可能性を想定し、現金の余白を作れるかを確認します。

最後に、「もしも」を想定します。受け取る予定の相続人が先に亡くなることもありますし、相続放棄を選ぶこともあります。財産が増減することもあります。
この変化を吸収するために、予備的条項と残余財産条項を入れる設計が役に立ちます。これについては、例文のパートでまとめて示します。

書き方のコツは「財産を正確に特定すること」

相続させる旨の遺言が実務で止まる最大の原因は、財産の特定不足です。
遺言者の頭の中では「この家」「この口座」「この証券口座」が明確でも、相続開始後に手続きをする家族や金融機関は、その情報だけでは動けません。
そのため、遺言書の文章は「第三者が見ても同じ財産だと分かる」レベルで書く必要があります。

不動産は、登記事項証明書の表記に合わせて、所在、地番、家屋番号まで書くのが基本です。住所だけだと曖昧になることがあります。
預金は、金融機関名に加えて、支店名、口座種別、口座番号まで書くのが安全です。
証券は、証券会社名と口座番号が中心になります。銘柄を指定する方法もありますが、日常的に売買する人は「当該口座内の有価証券一切」としたほうが、後でズレにくいことがあります。

そして、多くの人が見落とすのが「財産は変わる」という点です。口座が増えることもありますし、保険を見直すこともあります。車も買い替えます。
そこで重要になるのが「残余財産条項」です。遺言に書いていない財産が出たときにどうするかを決めておくと、相続開始後に迷子になりにくくなります。

自筆証書と公正証書はどう選ぶか

遺言書には大きく分けて、自筆証書遺言と公正証書遺言があります。
自筆証書遺言は費用を抑えやすく、思い立ったときに作りやすい点がメリットです。ただし、形式ミスがあると無効になるリスクがあります。
公正証書遺言は、公証役場で作成するため、形式不備のリスクが小さくなりやすく、原本が残る点が安心材料になります。ただ、準備する書類が増え、費用もかかります。

初心者の方が迷ったときの考え方としては、不動産がある場合、相続人関係が複雑な場合、遺留分で揉める可能性が高い場合は、公正証書を検討したほうが安心です。
一方で、財産が比較的シンプルで、今後も書き直しの可能性がある場合は、自筆を丁寧に作って定期的に見直す方法も合うことがあります。

どちらを選んでも、結局大事なのは「財産の特定」「もしもへの備え」「遺留分の配慮」です。この3つが整っていれば、遺言書は現実に役立ちます。

相続開始後の流れをざっくり理解しておく

遺言書は「相続が始まったあとに家族が使う書類」です。書いた本人が立ち会えないので、家族が迷わない形が大切です。
相続開始後は、相続人の戸籍をそろえ、遺言書を確認し、財産を調べ、名義変更や解約などの手続きを進めます。不動産があれば相続登記を行い、預金があれば金融機関で払戻しや名義変更をします。
遺言書があると、これらの手続きの中で「誰が何を取るか」を決める部分が小さくなり、進めやすくなります。

ただし、遺留分の問題が出た場合は、相続開始後に金銭調整が必要になります。ここは遺言で完全に消せるものではないので、事前に現金の余白を作っておく設計が効いてきます。

例文まとめ

ここからは、実際に使われることが多い形の例文をまとめます。文章は「基本形」として作っています。家庭の事情に合わせて調整してください。
実際に使用する際は、氏名、生年月日、不動産表示、口座番号などを正確に差し替える必要があります。曖昧なまま使うと、相続開始後に止まりやすくなります。

例文1:不動産を相続させる

例文1-1:自宅の土地建物を配偶者に相続させる

第1条 遺言者は、次の不動産を妻B(昭和○年○月○日生)に相続させる。
(1)所在 ○○市○○町○丁目○番○
 地番 ○番○ 地目 宅地 地積 ○○平方メートル
(2)家屋番号 ○番○
 種類 居宅 構造 木造○階建 床面積 ○○平方メートル

例文1-2:収益物件を子に相続させる(不動産を複数持つ人向け)

第2条 遺言者は、次の不動産を長男A(平成○年○月○日生)に相続させる。
(1)所在 ○○市○○町○丁目○番○
 地番 ○番○ 地目 宅地 地積 ○○平方メートル
(2)家屋番号 ○番○
 種類 共同住宅 構造 鉄筋コンクリート造○階建 床面積 ○○平方メートル

例文2:預貯金を相続させる

例文2-1:特定の銀行口座を相続させる

第3条 遺言者は、○○銀行○○支店 普通預金(口座番号○○○○○○○)の預金一切を妻Bに相続させる。

例文2-2:生活費の目的が伝わるように付言を添える(本文は命令、付言は理由)

第4条 遺言者は、○○銀行○○支店 普通預金(口座番号○○○○○○○)の預金一切を妻Bに相続させる。
付言 妻Bが相続開始後の生活費に困らないよう、この口座の預金を妻Bに相続させる。

例文3:有価証券(証券口座)を相続させる

例文3-1:証券口座内の有価証券一切を相続させる(銘柄が変わる人向け)

第5条 遺言者は、○○証券○○支店(または○○営業部)口座番号○○○○において保有する有価証券一切を長男Aに相続させる。

例文3-2:特定銘柄を相続させる(必ず渡したい株がある人向け)

第6条 遺言者は、○○株式会社の株式○○株(保有形態:○○証券口座番号○○○○)を次男Cに相続させる。

例文4:生命保険・死亡保険金がある場合の書き方の考え方

生命保険金は、契約の形によって扱いが変わります。遺言書で直接「保険金を相続させる」と書いても、契約上の受取人が別にいる場合は、保険会社は契約に従って支払います。
そのため、遺言書では「保険金そのもの」を指定するよりも、保険金をどう使って調整するかを付言で説明するほうが現実的な場合があります。

例文4-1:保険金を遺留分の調整原資として想定していることを付言で説明する

付言 相続開始後、生命保険金が支払われる予定であるため、遺留分の調整が必要になった場合には、まず当該保険金を含む現金で円満に調整してほしい。

例文5:「もしも」に備える条項(予備的条項)

相続人が先に亡くなることもありますし、相続放棄をすることもあります。遺言を書いたときの前提が崩れると、結局、遺産分割協議が必要になることがあります。
そこで、代わりの承継先を決めておく条項を入れます。これが予備的条項です。

例文5-1:先に亡くなった場合・同時死亡・相続放棄に備える

第7条 前各条により相続させるとした相続人が、遺言者より先に死亡し、又は同時に死亡したとき、若しくは相続放棄をしたときは、当該財産は妻Bに相続させる。

例文5-2:子が複数いる場合に、代わりの承継先を明確にしておく

第8条 長男Aが前条の事由に該当するときは、第5条および第6条の財産は次男Cに相続させる。

例文6:書き漏れを防ぐ条項(残余財産条項)

財産は増減します。新しい口座を作ることもありますし、車を買い替えることもあります。遺言に書いていない財産が出たときに、そこだけ遺産分割協議に戻ってしまうと、手続きが止まりやすくなります。
そこで「残りの財産」をどうするかを決めます。

例文6-1:残余財産を配偶者に相続させる

第9条 本遺言に定めのない遺言者の残余財産一切は、妻Bに相続させる。

例文6-2:残余財産を子に相続させる(配偶者がいない場合の一例)

第10条 本遺言に定めのない遺言者の残余財産一切は、長男Aに相続させる。

例文7:遺言執行者を定める(手続き役を決める)

相続手続きは、相続人全員が同じ熱量で動けるとは限りません。連絡が取れない人がいたり、遠方に住んでいたり、そもそも手続きが苦手だったりします。
そのため、遺言執行者を置くと段取りが作りやすくなることがあります。

例文7-1:遺言執行者を指定する

第11条 遺言者は、本遺言の遺言執行者として、○○(住所:○○、生年月日:○○)を指定する。

例文8:付言事項(理由を丁寧に書く)

付言事項は、命令ではなく理由やお願いを書く部分です。法的な強制力は基本的にありませんが、感情面の衝突を小さくする効果が期待できます。
偏りがある遺言ほど、付言事項があるかどうかで相続人の受け止め方が変わります。

例文8-1:介護や同居などの事情を丁寧に説明する

付言 長男Aに自宅を相続させるのは、長年同居し生活を支えてくれた事情があるためである。妻Bが生活に困らないよう、預金を配分した。相続人は互いに尊重し、円満に手続きを進めてほしい。

まとめ

相続させる旨の遺言は、家族の負担を減らす力が強い遺言です。特に不動産がある家庭では、誰が引き継ぐかを明確にできることが大きな価値になります。

一方で、財産の特定が曖昧だと止まりますし、遺留分の配慮がないと金銭調整が難しくなります。不動産がある場合は、相続開始後に相続登記まで進める意識も欠かせません。

遺言を「実務で動く形」にするためには、まず相続人と財産を整理し、財産を正確に特定して書きます。そのうえで、予備的条項と残余財産条項を入れて変化に備えます。偏る設計にするなら、現金の余白を作り、付言事項で理由を丁寧に説明します。
ここまで整えると、相続が始まったあとに家族が迷いにくくなり、手続きも進みやすくなります。

著者情報

早川覚
早川覚公認会計士・Context会計事務所代表
公認会計士、Context会計事務所・株式会社ContextJapan代表として、会計ソフト導入支援、コンサルを行っている。その他、法人化、バックオフィス整備等、経営者の裏方業務を専門としている。